とかなんとかいってたら、思ったようにCGIが動かない…。
フルパスから記述すると、動かない。なんでや。
ああああ、頭痛い…。
また放置の予感。
こんなの訪れる方にはどうでもいいことなんだろうけど、
掃除(しかも大掃除)しかけで放っておくのに近くって、
とっても気持ち悪いのです。
しかし困った。
もう気分は座礁。なんぱせん…。
なのです。今週をメドに終えたい…。
とはいっても表面だけ。各ページのトップはしばらく流用します。
ほんとはFLASH、Javascriptを多用したページを作りたかった。
(もちろん1から作れないので素材をもらってくるだけですが)
ですが…見れない人が多いのであきらめました。
FlashはNNではかなり苦しいみたいだし、
最新のプレーヤーをインストしないとだめ。
普通にネットを見てる人ならOKだろうけど…。
あとjavascript。CGIよりサーバー、PCに負担なくっていいって
話だったけど、これだけウイルス&スパイソフトが流行ってると、
切ってる人が多い。
特にアダルトサイトを見てる人(笑)は、そうしてるのではないかと。
つまり「別窓ひらけませーん」「メニューとびません」
「書き込みできません」と人前で余り大きな声で言わないほうが…。
家族で使ってる方は注意(笑)。
まあ最新のウイルスソフト(市販)+XP2を入れていれば
ポップアップブロックが働くけど、これもまたうっとうしい…。
調べて判ったのは、見るだけで感染するサイトが存在するってこと。
ちょっとウイルス対策のために、エロエロサイトを探索してみた。
そしたらスパイソフトは完璧に防げたが、数箇所、そのページに飛んだだけで
「トロイの木馬」が検出されたページがあった。
普通、エロサイトに含まれているのは、強制的にそのページに飛ばせたり、
新たなウイルスを導入するための使い捨て(遺伝子学的にいえばベクターか?)な
ものだけど、これは悪質。
最近、またウイルスメールが多くなっている。
おそらく知らないうちに感染してる人がいるんだろうな。
キャッシュで残ってても、そこから拾ってメールを出すのでやっかいだ。
第一、サーチエンジン用にしか使っていないメルアドにウイルスが届くってのは…。
オンライン更新のアンチウイルスソフト+ポップアップブロック+
危ない系探索はjavascriptとactiveXのオフは当然、ってところでしょうか。
さて。
まあどうせ文サイトだから読めればいいんだけど。
いいかげんなファイル設定、適当な増築をしてきたがゆえに、
画像を含めて2000以上のファイルをどうやって直そう…。
これが今、1番頭の痛いところです。
ってか、早くトップぐらい完成させないと(汗)。
某所で聞かれたので。
えー、私が今愛用しているレターセットはかなり強烈です。
強烈な余り、絶対に普通の用件では使えません。
それはどんなものかというと…。
全部、ピンク系の花柄。
便箋は花柄中、真ん中がレース状に白くなってて、そこに文を書く。
封筒は全部内側が花柄。
当然、同柄のシールまで付いている。
その柄はポップでもシックでもなく、
なんというか…「20年前」って感じ?
「昔のお母さんがしてたエプロン」
「あ、ビニールのテーブルクロスでこういうのがあったなあ」
「腐ったローラアシュレー」
なんでそんなもんがあるかというと。
全てはアメックスのせいです。
昨年末、連絡が来ました。
「貴方の持ってるポイントは年度末で無効になりますが、
一回でも景品と交換すれば、無期限になります」と。
意味がよくわかんないが、とにかく何でもいいからもらえ、と。
ネットで商品を検索した。
交換ポイントが1番低いのは3000ポイント。
その中でまだ使えそうだったレターセットを選んだ。
中身は不明。
だけど、レター、カードといえば世界的には
「Hallmark」。
「柄はお任せください」とあったが「ここなら大丈夫だろう」と思った。
しかし立派なケース(これも全面花柄さ)に入っていて、捨てるのも忍びない。
だから使うことにした。身内に。
なくなるまでこれでいきます。
まあhallmarkは俗にいうアメリカンデザインだがら(しかもカントリーね)、
その線でいけば別に変じゃないけどさ。
というわけで、私の贈り物には今なら漏れなく付いてきます。
花柄が。
朝、テレビに「かに」が出ていた。
高足ガニ。
じっとみる。ずっとみる。
うーん、でかい。
そしてなんだか「これ、生きてるんだな」と思った。
あんなおもちゃみたいな体してるのに。
超合金みたいに固いのに。痛いのに。
カッコいい。
でもゆだると死んじゃう。
…なんだかかにに済まない気がした。
足とか折って食べちゃうし、おなかの中は開いちゃう。
すごい残酷だ…さっきまで生きてたのに。
生きてることは、私だって同じなのに。
でもそんなこといったら魚も肉も食べられない。
うーん。ごめんなさい。
カッコいいけど、これからも食べます。
を頂いた。
コメントをもらうことはあっても、それは誰からのものか判る。
そして基本的にそれは「身内」というか良く知ってる方からのものだ。
でも今回はメールフォームを使ってのものだった。
なんだか、とても嬉しかった。
こんな場所(というか、正直にいえば
迷惑をかけているというかとてもごめんなさいです)
を訪れてくれる方がいるという事実。
ネットの日記は、誰かに向けて書いているものが普通だけど、
本当に自分の吐露だけのつもりで書く事もある。
メールを頂いたのは、おそらくいろんな解釈ができて、
受け取り方もバラバラだろうな、と思う話について。
その方が本当は普段からネット上で会話している方なのか、
初めてメールして下さったのかはわからない。
だけど、なんだか、うれしかった。
書かれている内容というよりも、その行為に。
仕事をしていると、たまに「字とき」の必要がある。
つまり英語でいうスペルアウト。
表音文字であるアルファベットを使う英語を使う人々は、みな割とこの作業に慣れている。
大体のコンセンサスもある。
たとえば「TONG」なら、
「トマトのT、オレンジのO、ナイキのN、ジャーマニーのG」だ。
Aならアメリカ、Tは名前ならトム、など大体これを出せば通じるってのが、ある。
ところが日本人はそうはいなかい。
字ときをするのは電話でやり取りするときで、主に地名や人名の確認になる。
どの言語でもこの2つが一番難しいといわれるだけに、
耳で聞いたのではなんだかわからないことが多い。
「シェフチェンコ!」「セフチャンコ?」というように。
やむなく「字とき」して、というと、たいていの人は焦る。
なれてなくて、みんな好き勝手な例を出す。
性格まで表したりするから楽しい。
たとえば。
欧州の某大都市に住む、とってもおしゃれで美人のAさんは、
「で」についてこういった。
「出稼ぎの『で』」
某会社の顔ジャニーズ、性格くそまじめなイケ面Bは、
「ぼ」を「ほ」と聞き間違えた私にとっさにこういった。
「違います、『ボヤッキー』のぼ、です!」
ボヤッキー…。
オタクなら別におかしくもなんともないが、
彼は正真正銘の美形な若者である。それがボヤッキー…。
このように、字ときは、隠されていたその人のありのままの姿を
あからさまにしてくれるのである。
ちなみに他には、
「ば」=「ばばんばばんぼんぼんばばん、のば」
(…どれ?)
「あ」=「あきばさんのあ」
(自分の知り合いだしてどうする。それに人名の字ときを人名でするな)
「で」=「ドーナツので」
(違う)
大混乱。
某方(笑)からのメールで。
「オタク歴を家族には隠している」という言葉があった。
なーるー。
私も似たようなもの。
夫は私がオタク系サイトを持っていることは知ってるが、
中身は知らない(笑)。もちろんオフの友人、家族もね。
オタクに関しては、むしろ身内で話したくないので、そうでないと困る。
夫は「オタク要素ゼロの人がいるならば」という見本のような人。
本と、ゼロ。だけど自分にないもの(?)を面白がる人なのでOK。
ってか。私はオタクでない人に惹かれるので。
2人でいるときは、完全にオタク要素から離れている。
そうなんだろ~な~。
隠している人は多いかと。
まあ一番困るのは。
なんといっても仕事バレであります。
仕事の内容を詳しく書くと、もし周辺の人が拾ったらぜったにバレる。
仕事が結構、特化しているから。
これぐらい怖いことはない…。
周囲の人は私がオタクだと知らない。
マニアックな要素はあるが、そっち系とは無縁だと思ってる。
職場の人にばれそうになったから閉鎖します、っていう
連絡を受けたことがある。
それは悲しかったが、仕方ないと思った。
私もそうするな、絶対。
雪ではなかったけど、今晩というか、昨夜は
めちゃめちゃ寒いと思った。ら。
道の真ん中に、ボクサーショーツ1丁の人が立っていた。
水着にも見えない…。
なぜか靴はブーツ…。
そして通りすがりの人が「精が出るね!」と言っていた。
…何に?
本が、音が呼ぶということがある。
喉の渇きに酷く似た感覚で「止むに止まれず」それを欲する。
でも2つあって、ひとつは欲しいものがわかっているとき。
そしてもうひとつはまるで無意識なとき。
この場合は、読み出して、聴きだしてから知る。
「私はこれを望んでいた」と。
今回はその後者だった。
読んだ本は、コニー・ウィルスの「航路」。
(読み終わってから知ったが、ドゥームズデイ・ブックの作者だった。
知らないで同じ人を選ぶ傾向にある)
聴いた曲はイルマのchill out cafe の一曲。
おどろおどろしい曲想ではなく、逆にドライな乾いた曲。
ただ、一人を連想させる。ほとんど光のない海で一人、漂ってる。
寒くもなく、怖くもなく、だからこそ「死」を感じる。そんな曲。
今回欲していたのは「死」、少し詳しく言えば「死してからの事」。
しばらく前から自分が死ぬことをよく考えているのには気がついていた。
いや自殺願望ではなく、「自分は死をどう捉えているのか」
「どう臨みたいのか」「それが目前に迫ったとき、自分はどうなるだろうか」
でもこれは、最近ではなく、思い起こせば物心ついたときからずっと。
だけど少なくとも数年前までは、死の考察は、あっという間に終わっていた。
「死ぬのは、嫌」
否認。恐怖。何よりも死んでから焼かれるというのが怖かった。
痛みなど感じないはずなのに。
それがすこしずつ変化してきた。ある出来事の後に。
そしてそれをきっかけに、死は、
私が思っているのとは違うのだと気がついた。
正確じゃないな。
自分が抱く、死への恐怖が何であるかを知った。
死ぬことが怖いんじゃない。
死ぬまでの痛みや苦痛、いやそれよりも「自由を奪われること」が
怖いのだと。
そしてそれは「もう殺して」というような強い苦痛ではない。
たとえば、走れなくなる。好きなものが食べられなくなる。
そんな簡単な「不自由」が、私にとっては「死」につながるのだと。
怖いのは、私が「希望」を糧に毎日生きているからだ、と気がついた。
大層なものじゃない。
「明日アレを食べよう」「明日あの人と会える」
そんなささやかなことで十分。
本当に他人が聞いたらあきれるほど小さな望みがあれば、私はどこでも生きていける。
でもそれは。
望みをもてなくなったら、生きていても仕方がない、ということだ。
それに気がついたとき、同時に別のことも悟った。
ずっと長生きしたいのだと、死ぬのは怖いのだと思ってた。
違う。
私は長生きなんかしたくない。
「絶望」を感じたら、明日に、何の希望も持てないと感じたら。
生物学的にありえないとわかっていてもこう思った。
「その瞬間に、死ぬ」と。
だから、私が望むのは「いつまでも生きること」ではなく、
「希望を、望みを、ささやかな夢を追いかけること」だった。
かなり前、確か立花隆氏の本で読んだ気がする。
アウシュビッツを生き残った人々は、ほとんどが信仰を捨てた、と。
「神は救ってくれなかった。助けてくれたのは自分が抱いたわずかな希望だった」と。
この言葉はしみるように胸に入った。
あの言葉を失う世界から生還した人々は「それでも希望を失わなかった人」だった。
それは神に祈るのではなく、もっと積極的な、自分の中から生まれたものだったと。
そして。また同氏の本で。
「死に至る病、という題名を見て『それって癌のこと?』といった人がいた」というくだり。
その人のあまりの反応に愕然とした。
死に至る病、それは絶望以外にありえない。
どうしてそれがわからないのか、わからない。
死ぬのを恐れる人は、死後を恐れるという。
何もなくなるのが怖い、と。
天国を信じ、そこにいきたいと願うと。
どうしてそう思うのかもわからない。
死後、何もなくなってもいい。
というよりも、無、ゼロになって欲しい。
私がこの世に存在した証など、何も要らない。
そして死んだ後のことなど、気にしない。
今を生きるのに精一杯なのに、まだ走っているのに、
どうして「その後」のことなど考える?
天国(もしくはそれに準ずるもの)に行きたくて行動するなんて、間違っている。
すべての行動は「そうしたいから、する」。
結果から逆算して起こすアクションは、行動したことにならない。
そう思えるのだけど。
だけど反面、そんなことを思えるのは、今の自分が健康で自由なことの証なのかもしれない。
もし今私が苦しい闘病生活を送り、毎日が痛みとの戦いなら、切に願うだろう。
「これが終わったとき、痛みのない毎日がどこかで待っていて欲しい。
何もなかったように、みんなと同じように陽の下を歩きたい」と。
「その先」をどうして願わずにいられる?
失われた日々を、自分に与えれられなかった自由を
得られる場所が待っている、と信じずにはいられないだろう。
そしてもし子供ができたら、すべての考えはリセットされる。
なぜこんなに今「死」に惹かれるのか。
その理由に気がついてしまった。
それは怖くて書けないけど(意気地なし)、でも今わかってよかった。
同時に、かなり深刻なのかな、ともぼんやりと思うけど。
決して母国の問題にならない、遠く離れた国で。
ボランティアとして働き、誰にも知られずに死ぬ。
撃たれるのか、病気かわからないけど。
埋められた場所には、ただ雑草が生えているだけ。
そんな風に死にたい。
墓もいらない。そんなところに閉じ込めないで欲しい。
夫には、もっと家庭的な人と再婚して幸せになって欲しい。
ただ、ひとつだけお願いがある。
私の骨のかけらを持っていて欲しい。
それで1年か数年に1回、それを取り出して、その瞬間だけ
私のことを思い出してほしい。
それで十分、幸せ。
天国なんかどうでもいい、って書いたけど。
でも私は夫の周りにいて、ずっと守ってあげる。
というコラムが無料配布されているミニコミ誌についていた。
名前「○○○ザッピー」
ザッピー?
ザリガニだった。
紹介欄には「性別」とか「得意技」とかの記入項目があるが、
もちろん空白だ!
やるなザッピー、素敵だ、ナイスだ!
…むかしワシは「ザリガニ獲りの女王」と呼ばれていた。
3軒両隣ぐらいで。
どうしよう、下手に7時間とか8時間とか寝ると、
翌日が寝れない。困った。
しょーがないので、今日やったことを書く。
今日は、1人で(1人だったから)、回転すしを食べにいった。
お昼のあら汁がつく時間帯を見計らって。
それはいいんだけど、なんとなく、
「回転すしに自転車でいく」ってのはどうかな~と自分で思う。
これが車だったら少しは格好つく(??)のではないかと。
同じか。
あと大量に郵便物を出しました。
ようやく出せれた…年末できなかったこと。やってすっきり。
そーいやー某所から急な電話。
それはある有名人についての質問だったが、
そんなん事務所かマネジャーに連絡すればいいのに…。
たまに問い合わせの電話をとると思うけど、なぜ所属団体、もしくは
統括団体に聞かないのだろうか…?そのほうが明確な答えが
得られるはずだと思うのに。不思議だ。
あと「XXXの電話番号教えてください」も。
NTTで聞け!いや100円出したくないのもわかるが、
うちは電話案内じゃない。ので簡単なのは教えるが、
ちょっと時間かかるのは、みんな「NTTで聞いてください」といってる。
その後、あるタレント?歌手?がきた。
芸能音痴なのでわかんない。結構きれいな子だった。
でも私は奇麗、をどっちかというと一般人に感じるタイプ。
芸能人の多くは顔はきれいだけどバランスが悪い、ので
モデルとかのほうが見るのは好き。だけど匂いというか雰囲気というか、
に一番感じるので、そーゆーのがない人にはあんまり…。
むしろ電車に乗ってる女の子とかに「あっ」と思うことが多いんだけど。
でも昔に比べたら今の子って、みんなそこそこ奇麗だよな~と思う。
鑑賞できてうれしい。
という、ごくごくありきたりの一日…。
眠くならない…。
花盛り。
もう始動が早いのなんのって。
よくいく店なんんて2、3件しかないけど、そのうちの一つから
年末「シークレットセール」のDMがきた。
「メンバーだけは先行セール」ということで、26日ぐらいから
始まってた。とても行ける余裕などなく見送ったけど。
前倒しここまでかってな感じ。
んで今週末も仕事終わったあと、出なきゃ行けない用事のついでに
見てみたけど、1枚カーディガンを買っただけ。
本当に欲しいものはシーズン始まる前ぐらいに定価で買わないとない。
あってもサイズがないとか。
どーでもいいものはアウトレットで買っちゃうし。
皆買い方うまくなってるのか、どこのセールも落ち着いた感じ。
でも子供関連だけは違うのだそうだ。
それはそれは危険なほど荒れる場合もある(?)らしい。
確かに「それこっちが先にとったんですけど」
「他にもっとないの、(サイズ)隠してるんでしょ」とかいう声に、腰が引けてしまった。
私も生まれた妹の子供のために出陣しようとしたけど、戦う前に完敗。
それにしても、日本って服高すぎだと思う。
…にはまってる。
いや、はまってるというのは余り正確じゃないかも。
あるうどん店のとりこ、ということです。
東京はそば食いで、そばを食べる分にはホント、恵まれているのだけど。
もともとうどんは太くて腰が強い麺がすき。
稲庭も美味しいとは思うけど、飽きる。
その店は都内ややはずれ。
文京区にあるN。
銀座のSで修行をしたというけど、私はSより断然美味しいと思う。
麺を注文を受けてからゆでるので、とにかく麺にエッジが効いている。
秀逸なのは、だしも同様。
洗練されていて、
でもありがちな「素材の味を生かすといっといてただの薄味」ではない。
どれも美味しい。鴨つけ麺のだしを飲ませてもらったけど、絶品だった。
私は生醤油うどん1本。
すだちと博多ネギ(あさつき?)と大根おろし。それに生醤油をたらり。
本場に詳しい人によると生醤油がやや甘い?(薄い?)らしいが、
私には十分美味しい。この前なんて大盛り(2人前)食べてしまった。
800円で選べる温と冷うどんの組み合わせ(1・5人前)があるので、
それを食べればいいんだけど。
中心地にないから行列ができる手前でギリギリとまっているのも嬉しい。
近くにあったら嬉しいのに。
また食べたくなってきた。
使い捨てを買ったら、ただで付いてきた。
色を何にしようか迷う。
本当はピンクにしたかったが、いきなりソレはアレだろうと思い、
初心者らしくブラウン。
しかし大失敗。
もともと色素が薄いので、誰も気が付いてくれない。
「へっ?そうなの」ってな感じ。
これだったらせめてへーゼルかグレーにしておけばよかった…。
しかもカラコンには明らかな欠点がある。
それはノーマルの度数より見え方が落ちることだ。
(ちゃんと最初に説明される。事実そうだった)
カラコンでコレまでどおり見えたいなら、
1つぐらいあげる必要があることを知った。
このぼやっとした見え方が問題。
文字が良く見えない。
全然違う字に見える。
例えば。
「寿」が全部「痔」に…。
寿だらけのスペースにはまり込んだとき、
「なんだこの『痔ワールド』は!一体地球に何が起こった!?」と真剣に思いました。
何か起きたのは地球ではなく私の目と頭でした。
だってまた、寿の文字が赤いので…。
カラコンは危険です。
松の内っていつまで?
昔、子供の頃実家には、正月になるとやたら「鏡餅」があった。
各部屋はもちろん、トイレまで。
当然神棚、玄関にはしめ飾り。車にも。
しかし結婚してからそれはまったくなくなった。
鏡餅を消費できないのが理由。鏡開きもやらないし。
寂しいけど、現実性を優先させた。
だけど、信心?深い親に育てられ、中学卒業まで首からお守りをさげ
(神社の境内で売ってるでっかい奴ね)「人形に傷つけるな」
「家の柱に釘打つのは自分の体に釘うつのと同じ」などと信じてきた私に
とって何もしないのも寂しい。
よってもっぱら最近では、正月らしさをあらわすのに「門松」を使ってきた。
でっかいのではなく、玄関先におくかわいいサイズ。
問題は。
同じ門松を「数年間、使い続けている」ことだ。
門松やしめ飾りは、神社にもってって燃やす日がある(はずだ)。
しかしもってくどころか、何年も使いまわしている。
しかも出したはいいがしまうのを忘れる。
10日過ぎまで出しっぱなしだったこともある。
しまっても、その門松は靴箱の上に置くだけ。
「年中、門松が出ている家」
それがうちだ。
夫がいった。
「だから宝くじあたらないのか、うちは」
「うーん…」
これはいかんと、せめて今年は3日で(外からは)しまうことにした。
出かける前に夫にいう。
「今日しまうから覚えておいてよ」
「お前覚えとけよ」
で、ちゃんと覚えていました。
玄関の門松を拾って、うれしい私。
その目の前に、鍵を開ける夫の尻。
つい、やってしまいました。
門松の先を突き刺して。
「カンチョー!」
今年も福の神はこないでしょう。
2日から3日にかけて見る夢のことを初夢という?
それとも元日から2日?ともかく、2日夜にみた夢が初夢だと思っているので、
それにした。
この日、私は10本ぐらいの夢を見た。
最初に起きたときは4本立てつづけにみて、内容はよく覚えていないが、
とてもいい夢だった。寝ながらにんまりした。
しかし。早すぎたため2度寝して最後に見た夢は最悪だった。
どっかの中華料理店で会計して、合計が2318円だった。
私は5千円札と318円を出すのだが、なぜか店側はおつりを、
その店でしか使えない商品券で渡そうとする。
「そんなんじゃなくて現金でください」といったら店ともめた。
でもしぶしぶおつりを出したが、そのおつりが2千円しかない。
「1000円足りません」というと「そんなことはない」と言い張ってくる。
喧嘩の最中に、夫に起こされた。
夢でよかったけど。
なんという、みみっちい夢だ…!!
と、朝ごはんのときに夫にいったら、夫は「俺の初夢も悲惨だった」という。
「どんなの?」
「アルバイトの女の子に…臭いといわれた」
…ちょっとかわいそうだと思った。