本を読んでて、そんな場面に出くわした。
知らないのに知ってる気分になる出来事のひとつ。
漫画やテレビ、ゲームでいろんな体験ができる。
人を殺すこと、殺されること、痛めつけること、
裏切ったり、泣いたり、仲直りしたり、迷ったり…。
でもそんなこと、現実にしょっちゅう起こるわけじゃない。
未知の世界を知らせる物に触れることで、
好奇心は満たされ、判ったような気がする。
でも実際は全く逆で、
こうしたものは人から「想像力」をたやすく奪う。
想像力はそのまま思いやりと優しさに繋がるから、それが欠けていけば…。
ゲームで感動しても、それが現実世界に生かせないのも当然といえば当然。
むしろ、ギャップにイラついたり、冷えた目線をくれたり…。
詰まんないのは、自分のほうなのにね。
私も「人一人いない」こと、知ってたつもりになってた。昔。
知ってるわけないのに。
そんな場面がSFやミステリーでは当たり前のように出てきて、
それにシンクロしてわかった気になってた。
違うと知ったのは、10年以上も前の、海外。
スコットランドのある街に仕事で約1週間滞在した。
米国よりはマシとはいえ、人種差別的な活動も活発になってたし、
やはり1人歩きは危険だった。それでも私は1人で昼、出かけた。
北半球では盛夏とよばれる時期だったにも関わらず、
体感気温は5度を切っていて夏物しか持参してなかった私は
どうしても服を買う必要があった。
街の中心にあった店の近辺には、パンク系の奴らがたむろして、
まあ結構危ない雰囲気だった。選んだ店が店だったせいもある。
置いてあるものは基本的にユニセックスだったし。
でもまあ、なんとか買い物を済ませ、帰った。
その数日後。私は1人で晩御飯を食べに行った。
夜9時過ぎ。
同伴者は日本から持ってきたつまみとビールで
おなか一杯という詰まんないおっさんだったので、
私は少々むかつきながら、出て行った。
本当だったら車で行くべきだったんだと思う。
だけど当時運転になれてなかったのと、街の中心街は
アップダウンがあって道の両脇にびっしり店が並んでいて、
とても駐車スペースを求めることができないのが判っていたので、
私は歩いていった。
目指す店は街のはずれにある中華。ここなら1人で行ってもOKだし、
英国の中華は米国の中華より遥かに美味い。
なにより大切なことは、外はまだ真昼間のように明るいこと。
北海道よりもずっと北極に近いここは、白夜に近かった。
出かける前は、現地ヤンキーのあの兄ちゃんたちがいたら
どうしよう、というのが一番の心配だった。
いたら、回り道しよう。そう思った。
だけど、それは全くの杞憂だということが、繁華街に入ってすぐわかった。
誰もいない。
真夜中にたむろしてそうなあの兄ちゃんたちさえも。
すべての店のシャッターが下りている。
昼にはうるさかったハードロック系の音楽も聞こえない。
耳に入ってくるものは、
坂道を通り抜ける風の鋭い音と、ゴミがかさかさいう音ぐらい。
猫、犬1匹もない。生き物の音も匂いもない。
ぞ~とした。
これが暗いならわかる。
でも真昼間の明るさだから、逆に恐ろしくなった。
何かが起きて、この街から人間がすべて消えてしまったんじゃないか。
いったんそう思うと、今度はイレギュラーな音が怖くなる。
狂ったように中華の店まで走った。
さすが中華。
開いていた。といっても間口は半間、小さなネオンがあるだけ。
中に入って人にあったら泣きそうになった。
帰りも走って帰ったけど、
今度は人に出会わないためだった。もう、冷静だった。
ひとけがないことがあんなに怖いと知ってから、
まだまだ知らないことが沢山あることにぼんやりと気がついた。
それでもまだ、足りない。
痛みは感じたくないけど、痛みを知りたいとも思う。