June 06, 2005

Drop point for 募金

募金はよほど慌てていない限りする。
昔、東京駅近辺でさっぱりよくわからない類の募金を強制され、
1000円を渡すまで付きまとわれたときから(迫力に負けた…これって募金じゃないかも)、
内容も一応チェックするようになった。

でも時折、お金をどこで入れるか、ということで悩む。
巨大な駅では延々と募金箱(を持っている人)が並ぶ。
改札に入るまで、動線の中に3、4箇所は入ってくる。
最初に入れたら別にいいのだろうけど、子供が叫んでいると
入れず通り過ぎるのは難しいというか。
気持ちのものなんだから…とか思うけど、なんだかモヤモヤ。
悩んだり、もっかいしようかな…と迷う段階ですっきりしないのだ。
これが続くと募金が嫌になってしまうので、
原則として「1番最後のところ」でお金を入れるようにしている。
まあそれも気分だけど。

子供の募金活動参加にも賛否両論あるみたい。
私は特にどちらでもないけど、
人への呼びかけで腹の底から声を出す、というのは非常に特異な体験
(大人はほとんどしない)なので、それを感じるだけでも面白いかな、とは思う。
ただなんのためにこの活動を行うのか、というのを
大人がきっちり説明してあげていて欲しいな。

それにしても。
日本は募金というかチャリティーに対する意識を建前だけでも高めようとはしない。
欧米ではチャリティーは控除されることが多い。日本はそのまま課税される。
免除されるのは赤十字など、国が認めた指定団体に寄付した場合のみ。
よって募金者や寄付者の『xxにつかって欲しい』という願いは、
ほぼ間違いなく叶えられない。

寄付もすればいいというものではないらしい。
チャリティーを毎年行っている、ある著名な女性と話したときのこと。
「(お金・物品を)あげる人を選んでから渡す」
「え?どうしてですか」
彼女は声を若干小さくして、でもはっきりとこういった。
「中にはね『自分はしてもらって当然』『やってもらって当たり前』という人がいるの」
…難しいなあ、と思った。

当面自分は募金ぐらいしかする予定がない。
でも、駅に何度か出入りするようなパターンだと、
やっぱりまだ悩みそう。子供の絶叫って…うーん。どうなんだろう。

Posted by kim at June 6, 2005 08:54 AM
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