募金はよほど慌てていない限りする。
昔、東京駅近辺でさっぱりよくわからない類の募金を強制され、
1000円を渡すまで付きまとわれたときから(迫力に負けた…これって募金じゃないかも)、
内容も一応チェックするようになった。
でも時折、お金をどこで入れるか、ということで悩む。
巨大な駅では延々と募金箱(を持っている人)が並ぶ。
改札に入るまで、動線の中に3、4箇所は入ってくる。
最初に入れたら別にいいのだろうけど、子供が叫んでいると
入れず通り過ぎるのは難しいというか。
気持ちのものなんだから…とか思うけど、なんだかモヤモヤ。
悩んだり、もっかいしようかな…と迷う段階ですっきりしないのだ。
これが続くと募金が嫌になってしまうので、
原則として「1番最後のところ」でお金を入れるようにしている。
まあそれも気分だけど。
子供の募金活動参加にも賛否両論あるみたい。
私は特にどちらでもないけど、
人への呼びかけで腹の底から声を出す、というのは非常に特異な体験
(大人はほとんどしない)なので、それを感じるだけでも面白いかな、とは思う。
ただなんのためにこの活動を行うのか、というのを
大人がきっちり説明してあげていて欲しいな。
それにしても。
日本は募金というかチャリティーに対する意識を建前だけでも高めようとはしない。
欧米ではチャリティーは控除されることが多い。日本はそのまま課税される。
免除されるのは赤十字など、国が認めた指定団体に寄付した場合のみ。
よって募金者や寄付者の『xxにつかって欲しい』という願いは、
ほぼ間違いなく叶えられない。
寄付もすればいいというものではないらしい。
チャリティーを毎年行っている、ある著名な女性と話したときのこと。
「(お金・物品を)あげる人を選んでから渡す」
「え?どうしてですか」
彼女は声を若干小さくして、でもはっきりとこういった。
「中にはね『自分はしてもらって当然』『やってもらって当たり前』という人がいるの」
…難しいなあ、と思った。
当面自分は募金ぐらいしかする予定がない。
でも、駅に何度か出入りするようなパターンだと、
やっぱりまだ悩みそう。子供の絶叫って…うーん。どうなんだろう。