一番付き合いの長かった運転手のAさんが、辞めていた。
後から知ったのは、担当を数ヶ月置きに変えるから。
どこにいったのか誰も知らないという。
Aさんはトラブルが好きというか、トラブルに好まれるというか、そんな人だった。
タクシー会社によって従業員の質は大きく変わる。
Aさんは名ばかりあって質の低下が著しかった会社を立て直そうと、労働組合長になり、改革を行った。
就労規則の遵守徹底など、グダグダな社員にとってはわずらわしいだけだったため、
いろんな嫌がらせを受けたという。
「家の中や庭に動物の屍骸や汚物を投げ込まれたり、
自家用車をベコバコにされ、汚物を塗りたくられましたよ」
漫画じゃあるが、現実にこういう目にあう人は少ない。
もちろん、やられた方はかなりなショックだ。
嫌がらせは、単純なほど効果が大きいから。
だが、Aさんは負けなかった。
対話路線を貫き、いやがらせしたと思われる相手に文句もいわなかった。
真摯な態度にやがて組合員からも理解され、仇敵Bさんが慕うようになり、
ついに相棒(1台の車を2人で交代で使う)となった。
ある日、Aさんが「Bさん、怖くないですか」と聞いてくる。
私「え? 大丈夫ですけど」
Aさん「あの人、指がないでしょう」
...手袋してるから気がつかなかった。
Bさんは確かに「嬢ちゃん(Bさんは3歳から90歳までこう呼ぶ)、
超法規的措置が必要になったらまずオレを呼べ」などといっていた。
インテリヤクザらしく、今では組合長を継いで会社と戦っているそうだ。
まあ思うことはいろいろあったが、Aさんもこういう人を束ねていくのだから大変だ、としみじみ思った。
かと思えば「いやあ住んでるマンションが火災にあいましてね...」
下の階の住人が、夫婦喧嘩のもつれから灯油をばら撒いて火をつけたという。
幸い延焼は免れたが「水を被るのは損ですよ」という。
少しでも燃えれば、損傷として保険が下りるが、水を被った場合は、
衣類などなら「クリーニング代しかでない」らしい。
臭いはもう落ちず着用不可でもダメだそうだ。
また水を吸った布団は捨てねばならないが、
「火災などの場合は通常の廃棄物では引き取ってもらえないんです。特別扱いになって10万以上掛かるといわれましてね。しかたないから女房とハサミで少しずつ切ってゴミ袋に詰めましたよ。とにかく火災にあったら燃えなきゃダメです。水被るだけってのは、丸損ですよ」
と、こんな按配でAさんの周囲にはつねにトラブルの臭いが漂っていた。
そんなある日。
Aさん「xxさん、チリってどんな国ですか?」
「チリはさすがに行ったことがないんですけど、どうしたんですか」
聞けばAさんは、すごく親しいCさんから「一緒にチリに行こう」と勧められたのだという。
Cさんは遠洋漁業に従事しており、チリはどうやら飲む打つ買うに事欠かず、物価の安い素晴らしい国だと説明されたらしい。
「でも夫婦で移住するって大変ですよ。お金もかかるし」
Aさん「それがCさんがお金は持つと」
「Cさん、資産家ですね」
Aさん「実はですね」
Cさんの船はこの前(っていつだ)、北朝鮮船舶に拿捕されたのだという。
「このままでは連れ去られる」
Cさんはトイレの窓から抜け出し、そのまま海に飛び込んだ。
幸い自衛隊に救出されたが、その際見た物を「絶対に口外しないこと」という約束で多額の現金を得たのだという。
いやもう、さすがにそれは、と思ったが、Aさんは真剣そのもの。
真面目を絵に書いてきたような人だけに、冗談とは思えない。
やむなくこのときは「南米は拉致も多いですし、気をつけないと」というだけにとどめた。
そんな話をしたことも忘れて幾年月。
Aさんはいなくなっていた。
会社の人には「遠くへいく」とだけ、言ったらしい。
...どうか、ご無事で。
Posted by kim at August 7, 2008 11:13 AM
なんか、もう胸が締め付けられる思いで読んだ。
こういう人は問答無用に
幸せになって欲しい。
もし南米に行ったとしても
彼の根性は彼を不幸から遠ざけると信じたい。
ほかの事も書きたかったが、もう今日は胸がいっぱい。
Aさん、どうなったんでしょう...
どこか日本でなくても、おくさまと幸せに暮らしていらっしゃるとよいのですが...
Aさんは逆境に負けていらっしゃらないようですが、よのなかってりふじんなことも多いとおもいました
お久しぶりです。
元気にしてますか?
いや~。すごい人もいるんですね。
そして平平凡凡な日々を過ごしている私に比べると
kimさんの周りにはいろんな意味で凄い人、数奇な体験をしている人等々が沢山いるんだな~。というのも感じました。
すごい人を周囲に寄せ付ける何かをkimさん自身も持っているのかもしれない。と思う私であります。
暑い日が続きますが、体に気をつけて過ごして下さいね。
あ、この火事のお布団の出来事日記覚えてます!
その方なんですね。
お元気に暮らしていればいいですね。
よく「神は人に超えられない試練は与えない」
という話を聞きますが、
Aさんはきっと「色んな試練を超えられちゃう人」
なのかなぁ・・などとぼんやり思ってみました。
まずは返事が遅れてごめんなさい!
メーラーが上手く動いていなかったみたい。
っていうか、ムバブルタイプ自体が不調?
sallyさん、ごめんね。訂正しておきました。
あと仕事に集中しているせいでもあります。
どうも仕事が楽しくて仕方がないようです。
くっ、夏が終わってく...!まあいいや。
さて。
・tylerさん
胸が一杯、って何があったの?
...この人はね、なんかもう、敢えて火中の栗を拾うというか。
見た目そんな果敢な感じに見えないんだけど。
間違いなく性格的にひきつけているのだと思うのだけど、
「そういう星回りか...」と思わせるのもあって。
タクシーの運転手さんには、4県ほどをのぞいて
ほぼ全国で世話になったけど、
個性的な人が多いです。あと、みんな一家言もってる。
そしてなぜかみんなラジオ人生相談を聞いている。
またメールしまっす!
・ヨシカさん
いやもう、本当にチリにいったのか?
そんなことはない、でもまさか...っていうか、
その友人って今だに「ほんとかよ」って思います。
でもいろんな人と付き合っていく中で、
(決して自分が心地よいわけではない範囲の人とも)
自分のちっぽけな想像のワクを超える人が、
世の中には一杯いる、と毎度のごとく思い知らされます。
いや~マネしたくはないんだけどね!
お盆明けの件、連絡します!
・sallyさん
引き寄せているかは不明だけど、まあAさんは中々の人でした。
運転手さんには、過去、
説教されたり、秘技を披露されたり、140キロで北海道の原野を爆走されたり、
原発の秘密?を教えられたり、悩みを告白されたり、
なぜか到着した先がその人の家だったり、
などの経験がありますが、やっぱAさんが一番濃いかなあ。
運転手さんに限らず、好むと好まざるとに関わらず、
人を関わりあいになることが多いですが、
ホント、いろいろ勉強になります。
またブログにもお邪魔するね!この山を越えたら。
・Mりんさん
そうそうその火事の人。その後もいろいろあったらしいんだけど、
数ヶ月で私の担当さんが入れ替わるようになって、
1年で2回回ってくるかどうかって感じになったんだ。
だけど噂は入ってくる...。
その人に乗り越えられる試練を与えているのだとしたら、
Aさんはやっぱすごい人なんだろうなあ。
なんかこう、つねに人の心配をしているようなところがあってね。
「そんなことしてる場合じゃないじゃん」っていうときでも。
...そうそう洗顔。また新たなものに手を出したよ私...。